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谷田部(近代)


 ①明治22年~現在の大字名。はじめ谷田部町,昭和62年からはつくば市の大字。明治22年町役場が置かれた。同年の戸数400余・人口2,400余。同23年土浦と水海道とを結ぶ谷田部街道が開通したが商工業の発達は遅れた。同24年の戸数482・人口2,750,厩75。同年三岡通徳が25人で座繰製糸所を設立。同44年第五十銀行谷田部支店が開設され,同年小渡山薬師堂に公園が竣工した。大正12年県立谷田部高等学校の前身となる谷田部女子農業補習学校,同15年町立補習学校が創設された。昭和26年町立谷田部中学校が駒形に創立され,同39年町村合併により統合された谷田部中学校が谷城に完成した。筑波研究学園都市建設に伴って同45年頃から商工業が活気を呈し,各所に住宅や団地・工場の建設が進み,道路が整備された。同50年主要地方道土浦野田線のバイパスが開通し役場の新庁舎も完成した。同56年常磐自動車道が開通し,谷田部インターチェンジが開設された。一部が昭和48年茎崎村谷田部,同49年高野台2丁目,同52年観音台1・3丁目,高野台1~3丁目,同53年緑が丘,同55年観音台1~2丁目となる。②昭和48~52年の茎崎村の大字名。もとは谷田部町谷田部の一部。昭和52年池の台となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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