薄葉(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ野崎村,昭和29年からは大田原市の大字。明治24年の戸数87・人口537(男268・女269),学校1,水車場6。同29年学校は高等科を併置し薄葉尋常高等小学校と改称(旧県史),同31年薄葉十文字の字日光街道上に新校舎が完成し移転した(大田原市史)。昭和初年には薄葉小学校となる。明治30年日本鉄道(現国鉄東北本線)野崎駅が地内に開設され,同32年には下り列車が箒川鉄橋で暴風のため転覆大惨事となる(大田原市史)。大正9年の世帯147・人口815(男402・女413)。米と煙草を産したほかネギの生産でも知られた。昭和20年代以降水田化が進み,水田農業地域となる。北部には宅地化が進んでいる。昭和22年野崎中学校創立。同38年の世帯199・人口1,082(男522・女560)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7277899 |





