金枝(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ玉生村,昭和32年塩谷村,同40年からは塩谷町の大字。明治24年の戸数26・人口173(男85・女88),水車場1。用水が不足しているため水田に比較して,畑が多い。第2次大戦前は田3・畑3・山林3の割合といわれていた。畑作では小麦・大麦・陸稲・煙草・稗・ソバ・大豆・小豆・野菜など栽培されたが,特に小麦と煙草の栽培が多かった。ほかに特産物はなく,副業として養蚕・養鶏などを行う。水田と畑作を中心とする純農村地域である。昭和49年町営住宅25戸が建設されて金枝団地ができる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7278391 |





