100辞書・辞典一括検索

JLogos

18

上田村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。都賀郡のうち。はじめ宇都宮藩領,元禄11年からは旗本板倉氏知行。村高は,「慶安郷帳」617石余(田360石余・畑257石余),「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに731石余,「旧高旧領」732石余。助郷は例幣使街道楡木宿に出役。「改革組合村」では楡木・奈佐原宿組合寄場に属し,天保年間の家数69。年貢米の津出しは壬生【みぶ】河岸を利用。上石川村大野原に秣場を持った。神社は磐裂神・根裂神を祀る磐裂神社,寺院には真言宗不動院・日蓮宗上田寺がある。上田寺は身延山久遠寺の直末で,建治元年日忍が開山,正応2年日礼が堂宇を建立したという。元禄5年安房国東の城主西郷延員がこの地に隠居し,保護にあたったため寺門が繁栄したという。寺には家康以下徳川4将軍の位牌がある。明治4年栃木県に所属。同11年下都賀郡に属し,同22年南犬飼村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7278547