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河内郡


「慶安郷帳」によれば,村数165,寺社領39,高9万953石余,うち田5万4,041石余・畑3万2,894石余・新田4,017石余,「元禄郷帳」では村数205,高10万6,289石余に増大,「天保郷帳」ではやや停滞傾向を示しながらも,村数202,高11万593石余となった。慶長2年,宇都宮氏が改易されたあと,蒲生秀行を経て,奥平家昌が宇都宮城に入封,以後,有力譜代大名の城地となった。「寛文印知集」によると,宇都宮藩奥平氏の領知11万石のうち,104か村・6万3,993石余があり,出羽国久保田佐竹藩飛地領が,薬師寺付近に8か村・5,039石余あった。元禄14年の日光山領目録によると,郡内に24か村・8,495石余の日光神領があった。宇都宮は日光街道と奥州街道の分岐する要衝にあり,その前後に徳次郎・大沢・雀宮・白沢などの宿駅があった。塩谷郡・芳賀郡の境を流れる鬼怒川に舟運が発達し,西岸の石井・上桑島・東蓼沼・吉田河岸が用いられた。寛政年間には,宇都宮の西南部を流れる姿川に幕田河岸が開設された。郡内のほとんどが下野国中央の平野部にあり,宇都宮藩の穀倉地帯となった。「旧高旧領」による維新期の領知高の割合は,大名領61.3%・旗本領20.8%・幕府領11.8%・寺社領6.0%。大名領は,宇都宮藩領5万7,434石余のほかに,高徳藩領2,832石余・吹上藩領1,269石余・関宿藩領2,366石余・多古藩領387石・佐竹藩領3,615石余がある。村数234のうち,相給数は54(23.1%)。明治4年宇都宮県を経て,同6年栃木県に所属。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7278707