野間(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ鍋掛村,昭和30年黒磯町,同45年からは黒磯市の大字。明治24年の戸数19・人口120(男60・女60)。同26年石丸農場のうち約150町歩が,同32年深川農場のうち約230町歩が旧佐賀藩主鍋島直大の手に渡り,鍋島農場となる。同農場における大正14年の戸数64・人口362。ただし,数大字にまたがるため野間地区の分は不明。昭和15年鍋島農場において小作地など163町歩を解放し,残った土地もこの頃他に売却した。このうち野間地区の数十町歩をニッケ社長の川西清兵衛が購入して川西牧場を開き,40町歩を沖崎藤七が購入して鍋掛牧場を開いた。同20年新堀地区に開拓地が生まれた。総面積49町余で,同22年の入植者は14戸(黒磯市誌)。第2次大戦後,地下水揚水による開田が急増した。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7280297 |





