100辞書・辞典一括検索

JLogos

24

真岡藩(近世)


江戸初期の藩名芳賀郡真岡に居所を置き,同地周辺を領有した外様小藩慶長6年浅野長政の三男長重が真岡周辺において新知2万石余を与えられたことにより,当藩は成立した同16年長重は常陸国真壁に転じ,それに代わって越後国蔵王城主堀親良が1万2,000石で入封した親良は,関ケ原の戦ののち徳川秀忠に仕え,慶長7年蔵王3万石を養子鶴千代に譲って隠居したが,同11年から再勤して蔵米1万2,000俵を与えられ,同16年真岡に所領を与えられたものである親良は,元和4年美濃国山県郡のうちにおいて5,000石を加増されて1万7,000石となり,寛永4年烏山に3万石として移封していったこれに代わって,同年稲葉正成が新知2万石が入封した正成は,松平(越前家)忠昌の付家老として越後国糸魚川において2万石を領有していたが,元和9年忠昌が領知を越前国に移される時,これに従わずに退去し,嫡子正勝の知行地である常陸国新治郡柿岡に蟄居していたもので,寛永4年召し返されて真岡周辺に所領を与えられたものであるしかし,翌5年正成は没し,常陸・下野両国内で2万石を領知していた正勝が正成の遺領を継いで4万石として真岡に入封した正勝の母(正成の後妻)は春日局で,将軍家光の乳母であったため,正勝も早くから家光に仕え,家光が将軍となった元和9年には老中に列していたそして,寛永9年正勝は8万5,000万に加増されて相模国小田原に移封し,当藩は廃藩となった




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7280952