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牛沢村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。新田郡のうち。はじめ館林藩領,天和元年旗本本多・大久保・向坂氏の相給,元治元年旗本本多氏は大名となり,三河西端藩領と旗本大久保・向坂氏の3給。村高は,「寛文郷帳」では780石余うち田方138石余・畑方641石余,「元禄郷帳」795石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに796石余。文政11年の農間諸商人軒数名前調請書(神谷家文書/太田市史史料編近世2)によると,家数65うち専業農55・農間商諸職人の分10,そのなかに居酒屋1・髪結1があり,ほかに寺1,人数204。文化9年の猪追夜番順達帳が残存し,猪がたびたび出没したと思われる。村社は神明社で祭神大日霊女命,寺は真言宗成願寺で細谷教王寺の末寺。幕末の改革組合村高帳によれば,太田町寄場組合に属し,高794石余,家数58。明治4年西端藩領は西端県,旧旗本領分は明治元年の岩鼻県を経てともに栃木県,同9年群馬県に所属。同11年当村連合の中心村となる。小学校は人民共立小学校不捲舎第1分校の牛沢学校。同22年沢野村の大字となる。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7281718