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押切村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。新田郡のうち。はじめ館林藩領,寛永20年幕府領,寛文元年再び館林藩領,天和元年再び幕府領を経て,文化8年からは三河西端藩領。村高は,「寛文郷帳」では畑方431石余,「元禄郷帳」432石余,「天保郷帳」450石余,「旧高旧領」446石余。寺社は真言宗徳性寺・三柱神社・猿田彦社。徳性寺は元和年間僧秀遍の中興という。幕末の改革組合村高帳では尾島村寄場組合に属し,高446石余,家数58。明治4年西端県,栃木県を経て,同9年群馬県に所属。同22年尾島町の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7282012