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四万(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ沢田村,昭和30年からは中之条町の大字。明治24年の戸数186,人口は男445・女449,学校2。明治22年中之条~四万間に県道が開通し,徒歩・駕籠・馬背交通から人力車・馬車運行へと変化した。さらに大正2年には乗合自動車が運行され,交通が便利になり温泉は繁栄した。湯客は,明治42年5万7,613人・大正10年11万9,325人・昭和15年25万7,919人で,与謝野晶子・鉄幹,若山牧水・斎藤茂吉・土屋文明などの著名文人も来湯した。第2次大戦中は戦力増強にあたる健民温泉として中島飛行機小泉・太田健康保険組合と利用協定し,同19年には東京滝野川区の学童約1,500人の疎開地になった。湯客は,同20年12万6,904人・同26年15万6,221人。同29年国民保養温泉に指定される。同40年町営国民宿舎ゆずりは荘設立。同45年には旅館29軒・ホテル2軒・国民宿舎1軒・食堂16軒・売店15軒があり,小公園・遊園地などのレジャー施設も整えられた。当地は湯治客中心の保養的性格を維持し,湯客は54万261人,観光消費額8億3,341万余円に及び,家数359軒・人口1,241人のうち,温泉旅館・観光事業従事者は151軒・600人,他が農林業従事者になる。昭和46年観光資源の四万の甌穴が県天然記念物に指定された。湯客は同48年の56万7,889人をピークに漸減している(四万温泉史)。昭和27年一部を伊参村に編入し,伊参村五反田の一部を編入。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7282953