100辞書・辞典一括検索

JLogos

28

戸鹿野(近代)


 明治22年~昭和29年の利南村の大字名。明治23年清水越新道と沼田町の連絡道として戸鹿野新道が開通し,地内を沼田からのテト馬車が走った。同24年の戸数90,人口は男328・女234,水車場2。同44年には沼田~渋川間を鉄道馬車が走ったが,戸鹿野八幡宮の西の坂にかかるとしばしば動かなくなり乗客が後押しをしたりした。大正7年から電車に変わったが,大正13年上越南線開通により廃止。明治期には製糸業が盛んに行われ,明治17年に星野宗七が鷺石に器械製糸場を,その子星野精一も同40年戸鹿野に製糸工場を経営し,利根郡製糸業の発展に尽力した。星野宗七の子光多は横浜でヘボンより受洗し,キリスト教牧師として高崎から沼田方面の伝道布教につとめ,利根沼田におけるキリスト教布教の先駆者として功績があった(利南村誌)。明治34年,県立利根農林高校の前身利根郡農会養蚕伝習所が設立された。昭和23年の人口550(男275・女275)。同29年沼田市の町名となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7283664