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中泉(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ堤ケ岡村,昭和30年からは群馬町の大字。明治24年の戸数92,人口は男259・女229。農業を主体とし養蚕業が盛んで,横山佐平太・林蔵らは桑苗栽培・蚕種製造販売,同重五郎は養蚕乾繭技術の改良普及に尽力した。また,同一族は家業のかたわら組合系のキリスト教を信仰し,伝道普及活動と事業に協力した(上毛教会月報)。天水依存脱出のため水利組合を結成し,唐沢川からポンプ揚水による灌漑を試みたが実を結ばず,8月近くまで岡植えを余儀なくされた。明治初年清水越新道高崎~渋川間に人力車が走り,同26年群馬馬車鉄道会社による乗合鉄道馬車が運行され,同43年水力電気会社によるチンチン電車にかわり,沿道付近に集落が形成された。その後自動車の発達普及と経営上の理由から昭和28年電車は廃止され,定期バスが運行された。昭和32~33年主要地方道高崎渋川線が全面舗装され,以後自動車の発達普及に伴い人口流入が徐々に増大し,同47年天王川沿いに120戸の住宅団地が造成された。同50年児童館開設。同55年大型スーパー開店。同58年以降の市街化区域編成整備促進に伴い県央病院などが進出し,都市化現象が急速に進行した。そのため農業人口は減少し勤労者人口が増大した。昭和28年中部用水完工。同35年唐沢川堰開削と深井戸掘削に成功し,同47年には群馬用水も完成し水不足は一挙に解消された。近年水田の宅地化が進行している。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7283760