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林村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。吾妻郡のうち。はじめ沼田藩領,天和元年から幕府領。村高は,「寛文郷帳」125石余うち田方14石余・畑方111石余,「元禄郷帳」195石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに202石余。なお,寛文2年の真田氏の検地で571石余と打ち出された(吾妻郡誌)。天明3年の浅間焼出大変記(一場家文書/県史資料編11)によれば,90石が泥押し,流死者18・飢人25,本家10・物置1が流失した。安政4年の人別改帳によれば,戸数73・人数322,馬16(長野原町誌)。慶応3年当村ほか4か村は中山道沓掛・追分両宿への代助郷を10年間申し付けられ,5か村の嘆願により50両の救助金を得た(唐沢家文書)。宝暦11年に創建された神明宮のほか,お天狗さまと呼ばれ親しまれている天狗神社,毎年8月26日氏子一同が登山して五穀豊穣を祈願する王城山神社などがある。修験道は天保4年に西吾妻28か村を預けられた浦野家の大乗院がある。林寺は三原三十四番霊場第32番札所で,「急がれて月日のたつも林寺みのいりあひを頼む観音」と御詠歌が詠まれている。また,下田観音は第33番札所で,「はるばるとまゐる下田の観世音深きちかひにあふぞうれしき」と御詠歌が詠まれ,春と秋の彼岸には信徒でにぎわう。そのほか,享保4年奉造の石祠のある弁財天,宝暦6年の地蔵尊のある中棚観音などがある。幕末の改革組合村高帳によれば,中之条町寄場組合に属し,高195石余,家数72。明治元年岩鼻県,同4年群馬県を経て,同6年熊谷県,同9年群馬県に所属。「郡村誌」によれば,村の東西31町20間・南北34町,税地は田7町6反余・畑55町7反余・宅地4町4反余・林4町6反余,戸数80・人数373,馬100。同13年吾妻製糸社林組が水車による製糸工場を開業している。同22年長野原町の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7284224