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堀口村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。新田郡のうち。はじめ館林藩領,寛永20年幕府領,明暦3年幕府と旗本村上・高井氏の相給を経て,文化8年からは三河西端藩と旗本村上・高井氏の相給。村高は,「寛文郷帳」では畑方764石余,「元禄郷帳」714石余,「天保郷帳」774石余,「旧高旧領」765石余。寺社は真言宗浄蔵寺・同宗正覚寺・賀茂社がある。浄蔵寺は僧慶順の開基と伝え,境内には五智堂・不動堂がある。正覚寺は,もと堀口美濃守の居館であったが,廃絶跡に堀口貞満が建立したものという。賀茂社は,久安6年新田義重が勧請したと伝え,社殿は宝暦9年大工棟梁の武州妻沼林兵庫によって再建され,彫刻は勢多郡田面村(粕川村)の深沢軍八らによって施された。幕末の改革組合村高帳では尾島村寄場組合に属し,高765石余,家数51。明治元年旧旗本領は岩鼻県,同4年西端藩領は西端県となり,ともに栃木県を経て,同9年群馬県に所属。同22年尾島町の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7284541