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貝淵村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。上総国望陀【もうだ】郡のうち。はじめ幕府領,延宝3年旗本下山田氏領,元禄8年旗本平岡氏領,のち「上総国村高帳」では清水家領。文政8年貝淵藩陣屋が当村に設けられ貝淵藩領,嘉永3年請西村へ藩庁が移ったため,陣屋は地方役所となり,当村は請西藩領となる。村高は,文禄3年「石高覚帳」330石,「元禄郷帳」330石余,「天保郷帳」327石余,「旧高旧領」326石余。「上総国村高帳」では家数65。明和8年矢那川の用水をめぐり請西村と水論があり,奉行所では引水の時間制限を決定して仲裁した(木更津市史)。享和元年6月24日伊能忠敬は房総半島沿岸を測量しつつ当村を通過した(沿海測量日記)。嘉永6年のペリー来航後,幕府は江戸湾防備の一環として貝淵浦の防備を請西藩主林忠旭に命じた。明治元年藩主林忠崇は官軍に抵抗したため,新政府により領地を没収された。明治6年千葉県に所属。神社は日枝神社。寺院は曹洞宗延命寺。明治6年貝淵小学校設立。同18年の反別46町1反余(上総国町村誌)。明治22年木更津町の大字となる。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7292532