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三ケ尾村(近世)


 江戸期~明治初年の村名。下総国葛飾郡のうち。「旧高旧領」では幕府,旗本一色・三橋氏の相給。上三ケ尾・下三ケ尾・西三ケ尾・マツ塚に分村して把握されることもあったが,「元禄郷帳」「天保郷帳」にはそれら各村は見えず三ケ尾村とされている。村高は,「元禄郷帳」993石余,「天保郷帳」1,152石余,「旧高旧領」1,478石余。天保年間までに三ケ尾新田を分村。上三ケ尾は貞享5年高210石,享保15年新田53石余を高入。延宝~貞享年間下三ケ尾の高387石余,西三ケ尾の高350石余(十太夫新田須賀家文書)。慶応2年上三ケ尾の家数33・人数178,馬20。助郷は日光東往還山崎宿などへ出役。寺院は真言宗正覚寺(西三ケ尾),曹洞宗普門寺(下三ケ尾),日蓮宗真住院(二ツ塚)など。神社は香取駒形神社(下三ケ尾)など。明治初年上三ケ尾・下三ケ尾・西三ケ尾・二ツ塚村に分村。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7293977