松倉町(近世~近代)

江戸期~昭和5年の町名明治44年までは本所を冠称昔時は沼地であった元禄8年,江戸城本丸小間使152人の大縄拝領地となり,はじめて町家が建設された大和五条藩松倉豊後守の下屋敷があったことから町名となった明治元年東京府に所属同4年11月,区域改正の際,本所三之橋通りを境として,西を松倉町1丁目,東を松倉町2丁目とした俗に櫓下【やぐらした】ともいわれた同5年の戸数488・人口1,875(府志料)同11年本所区に所属昭和5年東駒形【ひがしこまがた】3~4丁目・厩橋【うまやばし】3~4丁目となる現行の東駒形3~4丁目・本所3~4丁目

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7301386 |