100辞書・辞典一括検索

JLogos

40

砂子(近代)


 明治22年~昭和39年の大字名。はじめ川崎町,大正13年からは川崎市の大字。一部が大正11年元木・南町・見染・貝塚・新川通・東田・宮前,同13年砂子1~2丁目・古川通・堤根・上並木・下並木・池田町・小川町・東1~3丁目・堀川町,昭和3年伊勢町・旭町1~2丁目,同8年大宮町・柳町・南幸町2~3丁目・中幸町3~4丁目・堀川町,同12年港町となり,同39年駅前本町・日進町となる。明治24年の戸数265,男674人・女618人。同31年大師電気鉄道(京浜電鉄)の敷設に人力車だるま組の反対もあったが,翌32年に六郷川~川崎大師間が開通,同38年には川崎~神奈川間の敷設を終え品川~神奈川間の開通がなり,すでに京浜川崎駅の開設もみていた。京浜電鉄(京浜急行)では本社を川崎に置き付帯事業の沿線開発にも努めた(川崎誌考)。大正元年麻真田の田辺工場が操業を始め,翌2年に橘樹郡役所が神奈川より移転,同3年には官線京浜電車(国鉄京浜東北線)が運転を開始。この前後から近辺には大工場の進出がみられ人口も増加するが,これに対応して砂子は川崎駅・京浜川崎駅を控えた商業地区としての発展をたどった。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7302213