橋本(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ相原村,昭和16年相模原町,同29年からは相模原市の大字。村役場所在地。明治24年の戸数106,男257人・女265人。同32年内外物産株式会社が設立し,同36年橋本郵便局が開局,同41年には横浜鉄道(国鉄横浜線)橋本駅が開業した。大正5年橋本~津久井間の県道改修完成,同10年橋本~田名間のバス開通をはじめとしてバス路線網の中心となった。昭和6年には相模鉄道(国鉄相模線)橋本~厚木間が開通し,南橋本駅が開業するなど,北相地域の鉄道の基点ともなった。大正12年県立農蚕学校(現相原高校)が開校。一部が,昭和41年橋本1~2・5~6丁目,同42年大山町・南橋本2~3丁目・元橋本町,同50年西橋本1~5丁目となる。現在地域の西方を南北に縦断する国道16号バイパス工事が行われ,ここに通称橋本遺跡があり,先土器時代から戦国期に至る重層遺跡として注目されている。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7304676 |





