窪村(近世)
江戸期~明治22年の村名。新川【にいかわ】郡奥田荘のうち。はじめ加賀藩領,のち富山藩領。村高は正保4年古田328石・新田86石,計414石,うち畑32石(加越能文庫)。元禄年間以後は483石・定免3.9(川合文書・榎文書)。小物成として柳差役1匁3分を上納(竹島文書)。慶応4年の家数26・人口122(前田文書)。明治5年の戸数29(県史近代)。明治の地積は39町(越中地理志)。神社は八幡社。明治9年石川県,同16年富山県に所属。同22年上新川郡奥田村の大字となる。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7318626 |