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興法寺村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。礪波【となみ】郡野尻【のじり】郷のうち。加賀藩領。元和5年の役家13軒(利波郡家高ノ新帳)。明暦2年の村御印では村高785石・免5.7,小物成は山役138匁・鮎川役6匁(加越能文庫)。「天保郷帳」では村高739石余。寛文2年今石動【いまいするぎ】の蔵下村に指定された(小矢部市史)。鎮守は神明・春日(正徳二年堂宮書上帳)。5世了宗創建の浄土真宗本願寺派浄教寺があった(小矢部市史)。幕末期の主な副業は,牽売【ひきうり】・布賃織・木綿賃織・絈【かせ】・ムシロ・ナワ・タワラ・日傭・駄賃負・ワラジ・カワラ焼など(菊池文書)。特にカワラの生産は古く,郡内屈指の製瓦地として名高い。また,かつて黄土石が採られたという(宝暦十四年産物調書)。嘉永年間の家数45・人口263,ほかに寺1(小矢部市史),明治5年の戸数57・人口334(明治初年の礪波)。同9年石川県,同16年富山県に所属。同22年礪波郡西野尻村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7318793