100辞書・辞典一括検索

JLogos

31

竹橋(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ倶利伽羅村,昭和32年からは津幡町の大字。明治22年倶利伽羅村役場設置。同年の戸数184・人口881。明治31年北陸線が開通し,当地の北側北麓を通った。小白社は明治29年小白神社と改め,同40年に地内の無格社富士社,河内社を,同42年には大字山森の村社白山社,大字上藤又の村社藤又社を合祀して倶利伽羅神社と改称し,さらに大字下中の村社菅原神社を合祀した。しかし,昭和26年に菅原神社を,同31年に藤又神社を分離した(河北郡誌・津幡町史)。昭和35年の世帯数127・人口618。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7326028