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鳳至郡


明治2年3月,版籍奉還時の郡内は299か村・4万7,981石余であった。同2年6月金沢藩に編入。同3年10月御預地22か村は高山県管轄となり,穴水大町村に高山県大町出張所を設置。同4年11月七尾県設置で22か村も,これに含まれた。同5年9月石川県に所属となり,同11年鳳至郡役所が輪島に設置され,昭和元年まで続いた。同18年の人口9万1,921。同22年4月3町22か村。同26年の戸数1万6,434・人口9万3,201。同37・38年日露戦争の戦病死308人。同41年4月町村の統廃合が行われ,穴水町・剣地【つるぎじ】村・大屋村・町野村・柳田村・鵜川村・輪島町・宇出津町・諸岡村・黒島村・櫛比村・浦上村・七浦村・西保【にしほ】村・河原田村・鵠巣【こうのす】村・南志見村・神野村・三波村・諸橋村・兜【かぶと】村・中居村・南北村・本郷村・三井村の3町22か村になった。大正元年夏,米価の暴騰により,宇出津に騒動が起きた。同年の戸数1万5,991・人口9万6,047。同5年には1万6,425戸・9万9,484人。同年の尋常・高等小学校数68校,教員数345人,男児7,486人・女児7,219人。同6年の神社数は従来の535社が合祀され338社。寺院210か寺(うち真宗147か寺)。同年の稲作付反別6,453町余,11万3,835石。麦作付反別1,355町余,1万6,196石余。雑穀作付反別1,985町余,1万8,167石(アワ・ヒエ・キビ・ソバ・ダイズ・アズキ・エンドウ)。塩田914町余。馬1,683・牛2,755・ニワトリ3万4,303。同14年の戸数1万8,052・人口8万8,650。明治から大正にかけ,江戸期の外浦・内浦両街道と,穴水~輪島間,穴水~門前間,輪島~剣地間,宇出津~南志見間など各町村を結ぶ19往来が改修された。それとともに車両なども増加。大正8年の調査では自転車327・人力車60・荷車594・荷馬車316・乗合馬車11。漁船以外の動力船5・帆船97艘があった。昭和5年の戸数1万8,192・人口8万8,850。同6年七尾線は穴水まで,同10年輪島へ全線開通した。同25年の戸数2万763・人口10万3,201(県統計課調)。同29年輪島町が隣接の大屋・西保・三井・河原田・鵠巣・南志見の6か村を合併し輪島市となる。同31年町野町を編入。人口は同35年6万4,053,同40年5万7,423,同45年5万2,796と減少し都市部への人口移動が多くなり,同53年では4万8,783と激減した。農家戸数では昭和35年8,951戸・2万2,961人,同46年7,650戸(8.6%減)・3万3,920人(14.7%増)と推移した。こうした過疎化を防ぐ農業振興として,同47年から門前町・能都町・柳田村では椎茸・ウメ・ナシなどの栽培,穴水町・能都町のパイロット事業によるクリ・畜産,また穴水の林業,能都・穴水の定置網漁業がある。一方,外浦・門前猿山岬・総持寺祖院や,内浦海岸への観光客が年々増え,内陸山頂を貫く能登大規模農道,能登縦貫道路がほとんど開通。交通が便利となり,金沢への時間が短縮された。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7327534