楽円(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ木部村,昭和31年坂井村,同32年からは三国町の大字。明治24年の幅員は東西1町余・南北1町余,戸数49,人口は男149・女149,小船6。世帯数・人口は,大正9年46・243,昭和10年42・235,同30年49・252。明治23年河川の氾濫に対処するため水害予防組合が設置された。昭和23年福井大地震により堤防が沈下し,直後の豪雨で大被害を受けたため,以後竹田川の改修工事が行われた。大正2年輪中内の耕地整理に着工,同5年完成。これに伴い水田の間に点在した畔が取り除かれ,灌漑用掘抜井戸も大半が埋められた。井場用水は兵庫川を堰揚げて引かれていたが,昭和26年電力による排水設備が県営で施工され,用排水ともに整備された。これにより低湿で非効率的な田は乾田化し農業の近代化が進み,水田耕作を主とする純農村となった。同52~58年県営圃場整備事業が実施された。同63年木部公民館に体育館が付設された。昭和60年公共下水道の供用および処理開始。同年栄橋が架け替えられた。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7334817 |





