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上円井村(近世)


 江戸期~明治7年の村名。巨摩郡のうち。武川【むかわ】筋に属す。はじめ幕府領,のち甲府藩領,享保9年からは幕府領(はじめ甲府代官所,天明年間飯田代官所,その後再び甲府代官所,「旧高旧領」では市川代官所)。村高は,「慶長古高帳」383石余,「宝暦村高帳」673石余,「国志」678石余,「天保郷帳」680石余,「旧高旧領」では687石余(うち宗泉院領1石余・大明神領7石余)。文化初年の戸数108・人口337(男164・女173),馬42・牛21(国志)。寛文10年に完成した徳島堰の取水口があり,また同時に開削された小武川からの水路などにより耕地の開発が進み石高が増大した。神社は慶安年間創建の八幡宮(現持久神社)がある。寺院は曹洞宗万松山宗泉院・円水山大林寺,日蓮宗清水山妙浄寺があり,妙浄寺は徳島堰の開削者徳島兵左衛門が堰工事の安全祈願のために江戸からもたらした七面大明神像を安置した草庵に始まる。明治4年山梨県に所属。同7年円野村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7335691