東条(近代)

昭和26年~現在の大字名。はじめ松代町,昭和41年からは松代町を冠称し長野市の大字。昭和30年の人口2,916。同32年のバス開通。同33年松代工業設立。同36年屋地公営住宅20戸完成。同38年東条簡易郵便局開局。同39年国民宿舎松代荘落成,松代福祉企業センター開設,長野県母子休養ホーム海津荘開設。同40年柳町住宅団地造成(33区画)。太陽通信工業松代工場設立。同41年西河原県営住宅(24戸)建設に着工。同43年県道長野真田線開通。同44年国民宿舎前通り線舗装等竣工。同45年老人憩の家,同46年養護老人ホーム尚和寮開設。同47年東条保育園開設。同53年皆神台住宅団地分譲開始。同54年松代温泉住宅団地建築開始。同56年長野市保健保養訓練センター開設。同59年東条10号線改良工事。同60年東条児童センター開設。同年の世帯数1,257・人口4,842。一部が昭和51年皆神台,同52年松代温泉,同55年松代町城東となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7341118 |





