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本郷村(近世)


 江戸期~明治30年の村名。羽栗郡のうち。枝村に松山がある。はじめ稲葉正成知行地,元和5年からは尾張藩領。村高は499石余,うち田方335石余・畑方164石余(正保郷帳)。桑原輪中のうち(徳川治水記)。「濃陽徇行記」では,東西3町半・南北15町。戸数104・人口517,馬13頭。名古屋へは7里半。集落は竹ケ鼻村と結ぶ街道筋と,長良川堤沿いにある。本郷湊は商荷物を運ぶ舟でにぎわい,竹ケ鼻村とは人馬で運送し,賃銭を得て渡世の助けとしている。助郷は美濃路墨俣【すのまた】宿に出役。稲葉内匠の居城と伝える古城跡が村の南の字城之内にある。鎮守は神明社,寺院は真宗東派法蔵寺がある。明治4年岐阜県に所属。同5年の村明細帳の戸数155・人口712。同24年の濃尾地震の被害は全壊142・半壊45(震災誌附1)。同30年羽島郡福寿村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7346659