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炭焼村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。遠江【とおとうみ】国佐野【さや】郡のうち。はじめ山内氏領,のち掛川藩領。村高は,文禄2年の検地では17石余(掛川市誌),「元禄高帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに17石余。「掛川誌稿」によれば戸数34・人口206。小名は明ケ島【みようがしま】・香折・嵯峨野・中塚。神社は八幡社・天王社。嵯峨野・中塚は上組といわれ八幡を祀り,明ケ島・香折は下組といわれ天王を祀る。寺院は曹洞宗東光寺。同寺は上組の寺で,下組は萩間村の曹洞宗昌光庵を檀那寺とした。明治元年駿府藩領(同2年静岡藩と改称),同4年静岡県,浜松県を経て同9年再び静岡県に所属。明治22年原泉村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7350791