東大坂村(近世)

江戸期~明治7年の村名遠江【とおとうみ】国城東【きとう】(城飼【きこう】)郡のうち横須賀藩領菊川平野の南部,菊川の支流下小笠【しもおがさ】川下流域に位置する村高は,「元禄高帳」1,117石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに1,366石余「遠淡海地志」によれば戸数150余で,修験千手院・臨済宗高松庵・同宗長源庵があり,産物に西瓜が見え,小地名として法士・新川がある稲作を中心に畑には麦・アワ・キビ・マメ・大根・蔓菁根・辛菜・白瓜・青瓜・冬瓜・西瓜・甘蔗・木綿などを栽培用水は溜池を利用地内には若宮八幡社・十二社権現・天白社・姥神社・諏訪大明神社・臨済宗高松庵・霊眼庵があった明治元年駿府藩領(同2年静岡藩と改称),同4年静岡県を経て同年11月浜松県に所属明治7年西大坂村と合併して大坂村となる

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7352441 |





