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八太(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ川合村,昭和30年からは一志町の大字。明治22年の戸数260・人口1,385,田84ha・畑14ha・宅地9ha・山林その他90ha。同29年隣村に製糸工場が創業,これによって地内にも養蚕業が起こり,大正期・昭和前期に発展した。蚕種生産業者2戸。明治後半にいたり鉄道が開通し,これによって初瀬街道の参宮客の客足もとまり,宿場も廃れていった。昭和5年参宮急行電鉄開通により川合高岡駅が設置された。また国鉄名松線開通により八太駅が設置された。昭和41~44年圃場整備事業約90haを施工,農業の近代化を進めている。世帯数・人口は,昭和30年446・1,850,同38年470・1,855。昭和32年西川原に町営住宅41戸,同45年一志団地を八太と田尻にまたがった波瀬川沿いに約100戸造成。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7366996