菖蒲(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ中洲村,昭和32年からは現行の中主【ちゆうず】町の大字。編入時の戸数305・人口1,592(吉川【よしかわ】・喜合【きごう】を含む)。昭和32年菖喜水産協同組合(組合員31人)があり,接岸能力10t,水深0.7mの漁港があった。年間水揚高は,7,721貫(吉川水産業協同組合分を含む),漁船は37艘。網えり・鮒三枚網・長小糸・普通小糸・竹筒・貝船びき網などの方法で,フナ・コイ・モロコ・ウナギ・シジミなどの漁獲があった(市町村沿革史)。明治末年,興農株式会社の事業として,湖岸に松3万本が植林された。昭和25年マイアミ水泳場開設,スイミングセンター・ビーチハウス(1,500人収容)などが設けられた。昭和32年7~8月の1日平均利用者数は1万5,000人。同26年アヤメ浜水泳場開設,夏季1日平均利用者数1万8,000人。昭和2年末国勢調査による世帯数21・人口148。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7368604 |





