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石部村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。甲賀郡のうち。はじめ幕府領(代官吉川半兵衛),寛永11年伊勢亀山藩領,慶安4年からは膳所【ぜぜ】藩領。村高は慶長年間1,581石余,「天保郷帳」では1,688石余,「旧高旧領」では宿駅地子高を含め1,781石余。享保6年の戸数367・人口1,879,天保14年の家数458・人口1,606(市町村沿革史)。当村は慶長6年東海道の宿駅の1つに指定され,寛永12年には31石余の地子免許を与えられている。本陣は2つあり,三大寺本陣は寛永5年,小島本陣は慶安3年の創設。旅籠数は享和3年29,天保14年32,安政5年62を数えた。江戸初期より周辺村々との水論がたびたび起こり,貞享2年,明和7年には柑子袋【こうじぶくろ】村との相論が起こっている。村内には吉御子神社・吉姫神社(上田大明神社)のほか天正元年開基で貞享年中宿駅整備のため移転した浄土宗石部山善隆寺,慶長2年開基の同宗真光寺などがある。明治5年滋賀県に所属。同22年甲賀郡石部村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7368754