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興戸(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ田辺村,明治39年からは田辺町,平成9年からは京田辺市の大字。明治22年の戸数127(日出新聞)。明治20年代から大正初期まで石峠で白砂磨土の採掘が行われ,木津川の浜より大阪方面に出荷されていた。明治26年に田辺・草内・三山木・普賢寺村組合立弘道高等小学校を設立(大正11年廃校)。明治39年の戸数123・人口695。小毛詰に大正13年府農事試験場山城園芸場(現農業研究所山城分場)が発足,昭和29年には田辺警察署が移転。同29年奈良電鉄興戸駅が新設。以後町営・府営住宅の建設が進み,同37年新興戸という自治会が組織された。同年の世帯数433・人口1,728,うち新興戸の世帯数208・人口757。同51年の世帯数722・人口2,523,うち新興戸の世帯数328・人口1,076。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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