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下佐々木村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。丹波国天田【あまだ】郡のうち。はじめ「正保郷帳」に見える佐々木村の一部。「寛文印知集」「元禄郷帳」によると当村は福知山藩領。延宝5年からは上総飯野藩領。「元禄郷帳」「天保郷帳」は,ともに当村を上佐々木村の枝郷とする。村高は「丹波志」「天保郷帳」「旧高旧領」いずれも420石余。神社に産土神の五社大明神・春日大明神・滝大明神・春日社,寺院に真言宗保上山明王院威光寺がある。威光寺は昌泰4年の草創,聖宝の開山で薬師如来を本尊とする。大法師禅道の西村新堂の元応3年院主職宛行状を伝存。天文4年に焼失したが,地頭阿富元経と住持勢鏡によって再建された(棟札)。「丹波志」は同院堂宇に薬師堂・仁王門・通り堂,雲渓作の仁王,十一面観音を掲げる。江戸初期の当村では寺田氏が栄え,のちは牧氏が継ぎ大庄屋を世襲している。明治3年久美浜県,同4年豊岡県を経て,同9年京都府に所属。同21年の戸数49(市町村合併史)。同22年三岳村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7376817