分銅町(近世~近代)

江戸期~現在の町名日暮通下立売上ル西入の町寛永14年洛中絵図にはすでに「ふんどう丁」と現町名が記される町名は天秤町・天秤丸町などに対するか「寺の前町」とも称した(宝暦町鑑)現町域内にある松林寺は,周囲より低くなった地にあり,聚楽第の外郭の外濠(天秤堀)の遺構と伝えられている(京都府史蹟勝地調査会報告第1冊)江戸期は聚楽組の日暮組明治2年の町組改正から上京【かみぎよう】14番組,同5年第18区と改称,同25年第14学区に編成明治12年上京区分銅町,同22年京都市上京区分銅町となり現在に至る

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7379712 |