味舌上村(近世)

江戸期~明治22年の村名。摂津国島下郡のうち。大和芝村藩領。村高は,摂津草高帳では509石余,「天保郷帳」516石余,「旧高旧領」では味下郷上村として518石余。なお庄屋村・味舌下村・坪井村・正音寺【しようおんじ】村とともに味舌と通称されていた。天保14年の村明細帳(関西大学所蔵文書)によれば,反別38町4反余,家数51軒・人数231,農間余業として古手・古道具・古金商を営む者8,ほかに瓦屋・干鰯屋・質屋各1軒,麦粉をひく水車1軒があった。用水は正雀川・山田川・大池・小池からの用水樋14か所と堰3か所を利用したが旱損がちであった。神社は坪井村の須佐之男命神社。寺院は真言宗蜂前寺,浄土真宗本派専称寺・安楽寺。明治4年大阪府に所属。同9年の人口257。明治22年味舌村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7386322 |