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栃原(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ長谷村,昭和30年大河内町,同32年からは生野町の大字。明治24年の戸数109,人口は男332・女299。世帯数・人口は,昭和33年146・823。同48年145・646。明治26年浅田貞次郎によって明礬鉱が発見され,栃原鉱山の採掘が開始された。鉱山の発展に伴い,同34年飾磨港に浅田明礬製造所が設立された。当時当地~生野間唯一の町道は,中間に険峻な峠があり,車馬の通行が難儀なため,明治36年道路の改修が行われ,峠にトンネルが開削された。のち県道となり,昭和42年再度大改修を実施,峠は切通しとなってトンネルは姿を消した。昭和29年達磨ケ峰南方の高原にゴルフ場を開設,続いて国民宿舎生野荘・ペンションなどが設置された。関西の軽井沢の別称にふさわしく避暑地としても最適で,ゴルフ場付近に別荘地が造成され現在45戸。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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