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山口荘(中世)


 平安末期~鎌倉期に見える荘園名。朝来郡のうち。寿永3年4月5日付源頼朝下文案(久我文書/平遺4151)に池大納言平頼盛の所領として「山口庄〈但馬〉」とある。当荘は,保元3年2月に但馬国住人山口太郎家任の父家修が源頼義から拝領した数か所の所領の1つで,平氏政権下で平家に押領されたと考えられる。平頼盛の所領となった当荘は,寿永2年7月,平家の西走後に後白河院に没収されて,源頼朝に預けられたが,翌3年4月に平頼盛に返付されている。山口家任は当荘など所領回復のため,上洛した木曽義仲の配下となって近仕随一といわれた。文治3年11月,家任は源義経与党として捕縛され,鎌倉へ移送されたが,この時,源頼朝に父家修から伝来した源頼義下文を示して罪を許され,本領も安堵されたと伝える(吾妻鏡寿永3年4月6日条・文治3年11月25日条)。鎌倉後期には広谷荘と呼ばれるようになった。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7397196