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新村(近世)


江戸期~明治12年の村名那賀郡のうち貴志川中流左岸とその後背地に位置する和歌山藩領御蔵所村高は,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに308石余御高並村名帳によると,野上組に属し村高308石余うち新田高39石余(南紀徳川史10)「続風土記」によれば,当村は溝口村の出村であったが,溝口・九品寺【くほんじ】・動木【とどろき】の各村から人々が集まり,南竜公徳川頼宣の命により1村となったと伝え,村高のうち200石分の万雑公事が免除されたため,毎年南竜公の忌日には村中から総代1人が,同公の葬られている天台宗長保寺(現下津町上)に参拝するというなお当村名は,慶長検地高目録には見えず,「元禄郷帳」には見える「続風土記」では,家数71軒・人数312,神社は小祠4社,寺院は浄土宗鎮西派門泉寺・真言宗古義大蔵寺がある文化9年の済口証文によれば,野上八幡宮の宮座をめぐって争論が起こっているが,この時の宮座に,当村は溝口村の内として家撰供侍家2名・供侍家6名が参加している(野上八幡神社文書/近世宮座の史的研究)明治4年和歌山県に所属同6年には戸数83,男205・女203同11年の戸数87,男226・女219,学齢者数は男32・女31,そのうち就学者数は男25・女1同12年野上新村と改称




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7405030