100辞書・辞典一括検索

JLogos

16

平村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。伊都郡のうち。和歌山藩領知行所。丁ノ町組に所属。村高は,慶長検地高目録では237石余,ほかに小物成3石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに244石余。なお「元禄郷帳」には当村枝郷として下津川・大久保2か村の村名が見え,「天保郷帳」には「古者平村・大久保村・下津川村三ケ村」と肩書きされる。宝永5年の丁ノ町組指出帳(中谷家文書)によれば,村高は243石余,反別は田5町7反余・畑22町8反余,家数87軒・人数526,牛10・馬15,山伏行所2,滝3,井手14,山3であった。また「続風土記」によれば,田畑高244石余,家数78軒・人数450,村内小名は大久保・下津川。当村の七浦山をめぐって,加勢田荘7か村と那賀郡静川荘の村々との間に山論があった。文政6年には干害がひどく,夏には伊都郡でも全域で騒動が起こり,当村にも波及したという(口五郡百姓騒動実録/県史近世3)。氏神は広口村の大宮四社明神社。神社は三十番神社・大将軍森・弁財天社など11社。寺院は真言宗古義福徳寺・定福寺・西福寺。ほかに阿弥陀堂2宇。明治4年和歌山県に所属。同6年には戸数97,男227・女224。同9年の旧反別29町余,新反別43町2反余,増加反別14町1反余(松山家文書)。同年平小学校開校。同15年下津川小学校開校。同17年平小学校は東谷小学校に統合され廃校となった。同22年四郷村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7405171