高原(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ二川村,昭和31年からは中辺路町の大字。明治24年には東西32町余・南北34町余,戸数107,男289・女254,学校1。明治22年村役場が地内川合に設置される。昭和2年富田川沿いに自動車道が通じ,熊野街道の宿場だった高原地区は次第にさびれ,村の中心は川合に移っていった。昭和22年国鉄バスの運行が始まる。昭和48年川合の朝来平【あそだいら】へ,集落再編成事業により兵生【ひようぜい】の26世帯が集団来住,またブロイラー鶏舎団地ができる。世帯数・人口は,昭和30年高原地区69・363,川合地区74・356(二川村の素描),同50年高原地区42・167,川合地区99・313。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7405213 |





