柿谷(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ高勢村,明治40年旭村,昭和28年からは三朝【みささ】町の大字。明治24年の戸数43・人口226(徴発物件一覧)。鈩製鉄も終わり,木地職もなくなり,明治期以後戸数の減少が続いた。木挽職や木炭生産は農家の副業として行われた。道路の改修工事に伴い,昭和30年にはバス路線が太郎田屋敷まで延長されたが,運行本数も減少し人口流出が続く。分教場の改築の際,その位置問題から昭和8年柿谷・太郎田・実光が校区から分離独立。柿谷・太郎田・実光を含む世帯数・人口は昭和30年44・264,同40年37・167,同50年32・108。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7407804 |





