越路(近代)
明治22年~現在の大字名。はじめ三戸古村,大正7年米里村,昭和30年からは鳥取市の大字。明治24年の戸数55・人口268(徴発物件一覧)。谷奥の山村で,米作りとともに山に頼る生活であったが,大正期から二十世紀梨の栽培が始まり空山に牧場がつくられた。越路川の改修,古郡家【ここおげ】~越路間の道路も直線になり,昭和期に入って定期バスも走り出し市街地との交通も便利になった。鳥取市へ通勤する兼業農家も増えてきた。世帯数・人口は,昭和30年51・323,同40年53・280,同50年50・235。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7408312 |