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下榎(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ安井村,大正2年日野村,昭和28年根雨町,昭和34年からは日野町の大字。明治24年の戸数71・人口379(徴発物件一覧)。同32年の民地反別は,田24町・畑8町・山林32町・原野36町(日野山桜)。明治23年下榎簡易小学校は野田簡易小学校に合併,同25年野田簡易小学校の廃止に伴い,安井尋常小学校の校区となる。同43年下榎青年会結成,のち大正8年安井青年団下榎分団となる。大正7~8年根雨電気株式会社により電灯が引かれた。昭和25年村営授産場設置。総建坪150坪,主として藁工品・竹製品を製造,同26年の従業員数は24名で,主に女子で占めていた。同37年簡易水道新設。同40年集中豪雨のため下榎橋流失,同41年架替工事完成。同52年有線放送の施設設置,同53年圃場整備事業に着手,受益面積は20.8ha。世帯数・人口は,昭和35年107・574,同45年121・469,同54年130・493。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7408572