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日野(中世)


 平安末期から見える地名。日野郡のうち。「平家物語」巻4「信連」の項に,源頼政が以仁王を奉じて挙兵した際「宮の侍長兵衛尉信連」が平氏に捕えられ「伯耆のひ野へぞながされける」と見える。同書によると,信連は「源氏の世になッて,東国へくだり,梶原平三景時について,事の根元一々次第に申ければ,鎌倉殿,神妙也と感じおぼしめして,能登国に御恩をかうぶりけるとぞきこえし」という。これらの記載はほぼ事実を正確に伝えていると推定され,「吾妻鏡」文治2年4月4日条にもほぼ同様の記載が見えるほか,「参考源平盛衰記」では信連配流の地を日野郡金持辺,能登国の所領を大屋荘と記している。また古典文学大系本では,信連の配流地を日野郡日野郷(根雨町)と推定している。「県史」2は鎌倉から南北朝期にかけて,この地域に勢力を張った豪族として金持氏をあげ,金持氏は鎌倉御家人の中でも有力な武士であり,伯耆国の守護と推定されるに足る人物であったこと,また南北朝期には名和氏と肩を並べる存在であったことなどを指摘している。戦国期天正19(20)年正月11日毛利輝元条々写(武田金三氏文書/広島県史古代中世史料編Ⅳ)には,「伯耆手間,保昌寺,日野,黒坂,小田加是等之吉川留守居」と見え,朝鮮出兵の間の日野地域の留守居が吉川氏に命ぜられている。「日野,黒坂」と記されているところから考えて,中世(戦国期)における日野は現在の日野町の東側,旧日野村・根雨村地域だったのではないかと推定される。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7409583