木都賀村(近代)

明治8~22年の那賀郡の村名。西野郷【にしのごう】村・木束村・熊ノ山【くまのやま】村が合併して成立。八幡宮は養老元年地頭朝田兵衛助信安が宇佐より勧請,明治8年郷社。曹洞宗平等寺は永禄元年三浦清兼の開創。明治9年島根県に所属。明治初期の戸数287・人口978,牡牛142・牝牛23・牡馬3,産物は米160石・ハゼの実500貫・半紙200束・扱苧1,500貫。職業別戸数は農業271・木挽3・大工3・桶工3・鍛冶4(皇国地誌)。同17年野坂・田野原【たのはら】・黒沢とともに4か村連合戸長役場を木都賀村に置く。同22年那賀郡杵束村の大字となる。同年の戸数299・人口1,291。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7411738 |





