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実村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。備中国阿賀郡のうち。もと哲多郡に属して中千屋村と称し,毛利氏の支配を経て,備中国奉行小堀氏の支配下となり,慶長年間上千屋・下千屋の両村と合併して千屋村となり,慶安年間佐根(実)・井原・成地分に分村。寛永19年松山藩領,元禄6年からは幕府領。村高は,寛文元年の検地では「佐根村」と見え381石余(新見市史),「備中至宝記」「天保郷帳」ともに成地方を含み746石余,「備中村鑑」462石余,「旧高旧領」466石余。当地方は砂鉄の採取事業が盛んに行われたところで,鉄穴流しの跡がいたる所にあって,複雑な地相をなしており,鑪場・鍛冶場・鉄穴などの字名が残る。製鉄業には木炭が必要なため炭焼も盛んで,薪炭林も広くあった。炭焼で伐採された跡地は放牧場に適し牛馬の放牧が盛んになり,幕末頃千屋村の鉄山師太田辰五郎の努力で牛の産地として有名になった。辰五郎は牛の品種改良に務め,蔓【つる】牛を育成した。また,生産地と消費地を結ぶため天保5年実市場に牛市場を経営し,千屋牛市の基礎ができ,郡内の牛取引きの中心になった。倉敷県,深津県,小田県を経て,明治8年岡山県に所属。明治7年成地分を合併。同8年の戸数135・人口767。同22年千屋村の大字となる。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7416757