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鉄砲町①(近世~近代)


江戸期~現在の町名江戸期は鉄砲丁と書き,明治17~22年は高梁【たかはし】を冠称江戸期は松山城下の1町,武家地明治13年高梁町,昭和29年からは高梁市の町名城下南部に位置する元和3年池田長幸が入国して足軽の居住区域とした高梁川沿いで北は牢屋小路の道筋に交わり,護岸は雑で竹林で造っていた元禄6年の世帯数109,延享元年の屋敷数105・世帯数107,慶応年間頃の世帯数37(高梁市史)当町には堤防がなく洪水のたびに水害に見舞われ,明暦元年1丈5尺・享保6年1丈の増水被害が出たまた天保7年異状低温による食糧難と洪水,明治13年1丈5尺の増水により多数の溺死者を出したその後同19・26年,昭和9年にも被害が出ている同44年国道180号の改良工事が開始され,同46年完成同年高梁川に駅前歩道橋架橋同48年駅前貫通道路および高梁大橋が完成同60年の世帯数97・人口265




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7417903