中野(近代)

明治22年~現在の大字名。昭和44年からは西大寺を冠称。はじめ芳野村,昭和15年西大寺町,同28年西大寺市,同44年からは岡山市の大字。明治24年の戸数142,人口は男329・女324,船9。米麦生産主体の農村だが,第2次大戦後は野菜栽培も行われている。昭和3~12年に県道西大寺岡山線が改修,同時に新橋も土木橋からゲルバー式鉄筋コンクリート橋に改造された。砂川と吉井川に囲まれ,水害も多く,明治25年には砂川堤防が決壊。同26年・昭和9年にも多大な被害を出した。世帯数・人口は,昭和40年579・2,140(男1,015・女1,125),同55年580・1,975(男929・女1,046)。昭和47年一部が西大寺中野本町・西大寺南1~2丁目・西大寺中1~3丁目・西大寺上1~3丁目とる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7418194 |





