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平田(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ万寿村,昭和2年倉敷町,同3年からは倉敷市の大字。明治24年の戸数93,人口は男243・女208,船2。同年地内を岡山~尾道(広島県)間の山陽鉄道が開通。北部を通っていたかつての鴨方往来は,県道・国道2号に踏襲されていたが,昭和6年頃国鉄山陽本線の南を通るようになり衰退した。大正15年の戸数103・人口526,大正14年の自作農13戸・小作33戸・自作兼小作21戸,牛19・馬3,耕地は大部分二毛作田で麦・藺草・蔬菜・緑肥などを裏作する。明治23年尋常三進小学校の学区から合併によって尋常万寿小学校の学区になって今日にいたる(万寿村治誌)。昭和22年倉敷東中学校が開校。昭和32年私立片山女子高校が岡山市から移転し,昭和48年倉敷翠松高校と改称した。近年市街地郊外の住宅地として発展している。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7419148